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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)122号 判決

原告 株式会社椿本チヱイン製作所

被告 品川きよか

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「特許庁が昭和三四年審判第五六六号事件について昭和三五年九月二九日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。

第二請求の原因

一、原告は、別紙第一記載の各商標(以下原告の引用各商標という。)の商標権者であり、被告は、別紙第二記載の商標(以下被告の商標という。)の商標権者である。

二、原告は、昭和三四年一〇月二〇日、原告の右各商標を引用して被告の商標について登録無効の審判を請求(昭和三四年審判第五六六号事件)したところ、特許庁は、昭和三五年九月二九日請求人(原告)の申立は成り立たないとの審決をし、その審決の謄本は、同年一〇月一三日原告に送達された。

三、右審決の要旨は、つぎのとおりである。

(一)  被告の商標は、原告の主張するように「椿」の観念を有するものとはいえないから、原告の引用各商標が「椿」の観念を有するとしても、両者は観念を共通にせず、また、外観、称呼も異なることが明らかである以上、取引上彼此混同のおそれがなく、類似の商標とはいえない。

(二)  そして、原告の引用したたばこ名「カメリヤ」の例は、本件の場合と商品を異にし、しかも古く戦前の販売にかかるものであるから、この認定の妨げとならない。

右二つの理由により原告の申立を排斥したのである。

四、けれども、右審決は、被告の商標が原告の引用各商標とつぎに述べるとおり「椿」という観念において同一であり指定商品も同一であるのに、両者の観念を同一または類似でないとした点において不当であり、取り消されるべきである。すなわち、

(一)  一般に今日の日本人にとつて英語その他の外国語は、ますます身近になる傾向にあり、ことに英語は、義務教育課目となつている。被告の商標の「カメリヤ」というような外国語らしい称呼を見聞きするとき、外国語辞典によつてその含意を探究する習慣は今日の日本人にとつてきわめて一般的な程度に普及している。少くとも英独仏三か国語についてそうである。そして、英和辞典は、程度の高低、形の大小を問わずすべて「Camellia」の語を掲げ邦訳しているのである。一方、いわゆるローマ字つづりによる日本字の英文字化は、また義務教育により日常事となつていて、かえつて、外国語のつづりは、必ずしも正確なことが観念直感に必要ではなく、語中一、二字のつづりの誤りは市井によくあることで一向問題にされない。被告の商標の「KAMELIA」が正確な「椿」の英語「CAMELLIA」、「独語KAMELIE」とつづりをわずかに異にするからといつて、観念が著しくかけ離れているものとはいえない。ことに、被告の商標は、「カメリヤ」という日本文字を併記しているのである。そこで、義務教育を終了した日本人であるならば、被告の商標の「カメリヤ」および「KAMELIA」の文字をたよりに英語「Camellia」、独語「Kamelie」、ひいては邦訳「椿」を感知することは必至である。ところで、日本人がいろいろのものの名称に外国語名を付け、いつの間にか誰もがその語を覚えるにいたるということは、たばこ、食料品など日常家庭用品の名称などについてもつとも顕著である。タバコ、マツチ、コーヒーなどという外国語は、今日ではそのまま日本語となつており、かつてのたばこの名称「チエリー」が桜の英語であり、はみがきの名称「ライオン」がししの英語であることは、ほとんどの市民が熟知している。「カメリヤ」は、同じくたばこ名であつて、その容器表面の中央には顕著に椿の花が画かれており、昭和三〇年一一月一〇日甲鳥書林発行甲斐仁編日本たばこ名鑑に示すように、明治三七年九月二日発売され、昭和一六年一二月一八日「椿」と改名され、昭和一九年六月下旬廃止されるまでの三七年余一般市民に親しまれて来た結果、上記の諸例と同様に日本語として何人も「カメリヤ」の称呼によつて椿の観念を直感するようになつていることは十分推定することができる。また、多数の国語辞典が「カメリヤ」を日本語として編入しているほどである。「カメリヤ」は、本件商標の指定商品の取引者らを含む一般市民の間に「椿」を表わす一つの日本語となつている。

(二)  原告が本件審判手続においてたばこ「カメリヤ」の例を引いたのは、他商品との親近関係ということでなく、「カメリヤ」がたばこの名称であるために広く大衆の間に知られていることの説明としてであり、その理由によつてだけでも両商標の類似が万人に直感されることを指摘したのである。そして、昭和一六年一二月今次戦争開始とともに外国語による各種呼称の日本語転換が行われたが、たばこ「カメリヤ」も前述のとおりその邦訳「椿」に改名されるにいたつたことは、今日の支配的社会層にいまだ生々しく記憶されているところであり、決して古く戦前のことに係わるものというべきことではないのである。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一、請求棄却、訴訟費用原告負担の判決を求める。

二、原告主張の請求原因第一ないし第三項の事実は認める。

同第四項の点は、すべて争う。もつとも、今次戦前わが国に「カメリヤ」というたばこがあり、これが「椿」と改名されたことのあることは認める。けれども、わが国の外国語教育普及の現状からして一般人が被告の商標からただちに「椿」の観念を感知することは、とうていありえない。しかも、商標法上二つの商標について観念の類否を論ずる場合には、当該商標の指定商品の需要者ならびに取引者の間で実際の商取引にあたり、両商標が観念上類似しているため互に紛らわしく著しい誤認混同が生じているか否かについて論ずべきであるのに、原告は、このような事実が現に生じているかどうかについて全く明らかにせず、ただ単に右の類否を言語上の問題として論じているに過ぎない。原告の主張は失当であり、本件審決には何らのかしもない。

第四証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第一ないし第三項の事実については、当事者間に争がない。

二  ところで、本件における争点は、被告の商標と原告の引用各商標との類否いかんに帰する。そして、右争のない事実にかかるこれらの商標の構成に徴すれば、両者がその称呼および外観の点においては類似していないことを認めるに十分であるから、さらに、その観念の類否の点に及んで判断する。

被告の商標と原告の引用各商標との観念の点についての類否は、原告の引用各商標が「椿」の観念を有することについて疑を容れる余地がない以上、被告の商標の「KEMELIA」または「カメリヤ」が、商標として使用されるうえにおいて、「椿」の観念を有するものと認めうるか否かの問題として考えてよい。この点から被告の商標について考えて見るのに、その「KAMELIA」または「カメリヤ」の文字が、たとえ「椿」の意味をもつ英語Camellia, ドイツ語Kamelie, フランス語Camé本人にとつてきわめて一般的な習慣になつているとの原告の主張事実については、これを認めるに足りる証拠がないから、このような習慣があることを前提とする部分の原告の主張は、にわかに認めることができない。「KAMELIA」、「カメリヤ」と「椿」との関連は、チエリーと桜、ライオンとししなどの関連に比すべくもないのであつて、「カメリヤ」が原告の主張するような意味で日本語になつているとは、とうてい認めることができない。そして、原告主張のように「カメリヤ」の語がいくつかの国語辞典に載せられているとしても、国語辞典に載せられた語が、すべて、本件商標の指定商品の取引者らを含む一般人に、その意味内容を了得されているものと速断することができないことはいうまでもないことであり、わが国における外国語普及の程度が前示のとおりである以上、ただちにこれをもつて、「カメリヤ」の語が「椿」の観念に結びついているとすることは、とうていなし得ないところである。また、原告主張のように、「カメリヤ」というたばこが売り出され、その後「椿」と改名された(これが昭和一九年六月廃止されたことは原告の自認するところである。)ことをもつてしても、たやすく本件の指定商品の取引に従事している者らの間において、カメリヤと椿とは同一観念であるという知識が普及していたものと解するに十分でないばかりでなく、被告の商標は、「KAMELIA」の欧文字を横書にしその下方にやや小さく「カメリヤ」の片仮名文字を左から右へ併記したものであり、一方、原告の引用各商標は、「ツバキ」の片仮名文字の縦書または左から右への横書か、「TSUBAKI」の欧文字の横書またはそのやや図案化した横書の構成のものであつて、両者を全体として指定商品との関係において対比するときは、たがいに誤認混同を生ずるおそれがあるとはとうてい認められないのである。しかも、被告の商標および原告の引各商標の使用された商品について現実に誤認混同を生じた事例は、少しもうかがうことができない。したがつて、被告の商標がその使用のうえにおいて「椿」の観念を有するものとは認めることができない。

三  右のとおりである以上、被告の商標と原告の引用各商標とが、外観、称呼および観念のいずれにおいても類似しないとし原告(請求人)の申立を排斥した原審決は相当であり、これを取り消すべき違法の点を見いだすことができない。よつて、この両者が類似商標であることを前提として原審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを失当として棄却することとし、なお、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟特法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 入山実 荒木秀一)

別紙第一(原告の引用各商標)〈省略〉

別紙第二(被告の商標)

登録454034号

KAMELIA

カメリヤ

昭和28年12月12日出願

昭和29年10月26日登録

指定商品

第17類(旧商標法施行規則第15条)

ミシンその他本類に属する商品

【編注】フランス語の表記について、一部のブラウザーでは「?」と表示されます。

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